【あらすじ】
■表紙 香坂透
■ピンナップ 小山田あみ
■特集 「任侠 ―覚悟はできているか?―」
■ミニ特集 新書発売記念 桃田りう、きたざわ尋子、椹野道流
■ノベルス:沙野風結子×真生るいす/佐倉朱里×櫻井しゅしゅしゅ/きたざわ尋子×佐々成美/和泉桂×円陣闇丸/谷崎泉×麻生海/栗城偲×高宮東/剛しいら×神崎貴至/橘かおる×亜樹良のりかず
■コミック:水名瀬雅良/北沢きょう/御園えりい(原作:水壬楓子)
■コラム:秀香穂里/剛しいら/火崎勇/宮下キツネ
日本最大級ネット書店のイーブックオフ
【感想】
@古本市場
スケベ父さん外伝(語弊があり過ぎる表現ですみません)目当てで押さえました。前編が掲載された前号を買う時にゆっくり構えていたら、雑誌が手に入り難くて大変でしたからね。今回は発売日に抑える事が出来て満足。推測蛇足が多目のピンポイント感想で、いつもよりは短めに失礼致します。
帰宅早々流すように読みましたが、愉快な程にドロドロでした。思わず私、心の中で「ありがとう」と連呼。「葛葉小路」を含め、シャイノベルズのあちらのシリーズとも、こっそりの関連性を感じますが、「
貴公子の求婚」でほのぼのした後の、このドロドロ感にはテンションを上げました。毎度の事ながらすみません。
今回のカップルが清澗寺の原点と言う事で、血筋を残す展開も不可欠ですね。受の妹は確実に絡んで来るだろうとは予想はしていましたが、直球系の強かな子ってのはグっと来ます。流されているように見えて、その情況を利用して自分を貫いてしまう人って好きなんですよ。只の脇役に納まらず、自分の意思・位置を明確に示してくれる人物は、男女を問わずに好感が持てます。兄に攻の印象を聞かれた際だって、物凄い事を口にしていますよ。母親の血を色濃く引いているせいで、予知や人を見抜く事に長けているのでしょうが、普通の女性であれば「ああいった印象の男」は敬遠しても当然なのに、そこを面白がる余裕もある。喰えない人間性と言う事では攻を上回ると言うか、清澗寺貴久(冬貴の祖父で実父)の性格に似たものを感じました。勿論、冬貴を連想するような無垢が服を着て歩いているかのような印象を覚える事もありました。受の子である兄と揃って、「清澗寺の祖」としての存在感を、アリアリと漂わせていますよ。
男×男が標準装備のBLにおいて、女性が重要なキャラクターとして絡んで来る事は厭われ易い要素でしょうが、私はいつも通りにアレなので大丈夫でした。このシリーズを読む時には、読む前から「何でも来やがれ!」的な気概で読んでいますし。
そんな話は兎も角、伏見の為に冬貴に嫁いだ本編シリーズの綾子さんも、子供達を守ろうとする所には自分の意思をしっかり持っていました。結果的には、ものの見事に息子達全員がホモに転んでしまった訳ですが、鞠子ちゃんと言う希望(「もしかしたら」と言う推測が前提ですが)を残す事には成功しています。鞠ちゃんに関しては父親は冬貴では無いようですが、清澗寺に嫁ぎつつ、清澗寺の血に抗い続けた綾子さんの、某かの執念と覚悟を感じます。
お父ちゃんもホモ(正確には「伏見が一番」で二番以降は男女関係無しですが)、お兄ちゃん達もホモと言う、壮絶的な男色家族に囲まれながら、あれ程真っ直ぐに育っているのが不思議な鞠ちゃんですが、その実、表面に出さない部分では色々な事を考えて生きているような気がします。あれ程聡明な子が、自分の家族に対して疑問を持たないと言う事は無いでしょうし、第三者から見たら尋常では無い事を、正常なものとしてありのままに受け止めているかのように見える暮らし振りの中には、結構色々な想いを燻らせているような気がします。恋人がいるのに結婚を望んでいない所にも、某かの重い思いがあったりなかったりするのかしら?等とも考えてみたり。清澗寺シリーズの女性陣は、何かと存在感が大きいです。
気付けば当然のように脱線したので、話を外伝に戻します(本当にすみません)。
前編では、「色々と傀儡にされている玉主の受を取り込んで、自分の思いのままに操って国を破滅させてしまおう」と言う攻の思惑が丸出しでしたが、後編の展開にテンションを上げました。受の子ったら簡単には攻の思い通りにはなりませんね。妹姫まで絡んで来ますが、兄妹揃って、見かけを裏切る程に強かで豪胆ですよ。表面には中々現れませんが、時々ふと前面に押し出て来る内面が、「嗚呼、これこそが清澗寺の原点なのね」と思えるような納得の行くものでした。
特には、兄妹達の母方の特殊な血が色濃く出ているのですよね。後に生まれる子孫の冬貴は特に、受の子の母方の血が色濃く出ているんでしょうね。先祖返り的な発生で。自分が愛する相手が一番で、二番目以降の人間への執着が少ないような所も似ています。なんちゅうか、「受の子の母親の謎めいた存在感に、受の子と妹の性格を足したら=冬貴が出て来る」みたいな感とでも言えば良いでしょうか。
攻と契った辺りから「冬貴の覚醒」にも似た、それまでに隠されていた禍々しい本性が前面に出て来ますしね。攻と契る前には、攻と妹の関係に嫉妬を見せたり悲しんだりと、心の落ち着かない日々を過ごしていましたが、物事に決定打があれば一気に腹の据わるタイプで、多少の事ではグラつかない人間性も出ていました。本性が前面に出ているラスト間際の発言なんて、攻よりも攻でしたよ。総攻めの勢い。非情になる事すら厭わない程の攻への執着ってのが見られて、それはそれは怖い程。
その結果、今後は攻が元から望んでいた戦乱・破滅的な展開になるのでしょうが、暗躍しまくりで悪そうな攻以上に、受の子の方が腐り切っていると言う設定は好みです。ラスト目前では、受を取り込もうとしていた攻が、逆に取り込まれて共存をする方向に話が向かっていますからね。そこには、受の子の妹と攻の従兄弟(陰陽師)まで絡んで来る訳ですが、攻の従兄弟って人は、もしかしたら本編シリーズの嵯峨野のおじいさまのご先祖様だったりするのでしょうか。
そんな感じでまあ、今作カップル+αが揃った所で清澗寺家が発動する訳ですが、清澗寺=千年の孤独を定められた一族だったのですね。受の子達の母親の予言も物騒ですが、家系が神宮寺である事には、外伝カップルが踏み躙って来たものを弔い、更にこれから踏み躙るものを慰めると言う目的が置かれている事も発覚。
一族の「定め」は受の子の母親の呪詛でもある訳で、千年に渡って呪われる一族=清澗寺と言う風にも見て取れます。とは言え呪われっぱなしではなく、「定めから逃れられるかも知れない」と言う「願い」もあるのですよね。呪われた血筋に生きながら、血筋の定め(呪い)から開放される事を願って生きる。しかも、子々孫々に渡ってそれを繰り返す一族でもある訳です。
とは言え、今作の受の子や冬貴達は、自分が全身全霊をかけて、世の常識を捻じ曲げてでも寄り添いたいと思う相手に巡り合っているのですよね。この辺りってのが曲者で、血筋に定められてしまった孤独の連鎖はあるけれども、相手に巡り合ってお互いを理解し、愛情を伝え合ってから自分が死ぬまでの間は、(ドロドロかも知れないけれど)もんの凄く濃ゆい愛の中で生きる訳ですよ。血の因果に縛られているせいで、愛される事、愛する事への理解が難しいから、それが独特の執着形になり、純粋だからこそ歪な愛になってしまうと言う事はあるのでしょうけれども。フツーの人なら戦いてしまいそうな愛ですが、これが当然のものとして通用するのですから、呪われた血筋のソープオペラは深い。
作中で登場する「肉室」と言う表現にもグっと来ましたね。「これぞ・・・!」と言う、爛れようが如実に表れているように思えて、「おおっ・・・!」となりました。口に出すと殊更にぎょっとするのですが、抽象的に響くのに、物凄く直接的な比喩なのですよね。にくむろ。
そんなこんなもありますが。
本編シリーズにも続編(二部開始)の予定があるようですし、この呪われた血筋が何処まで肥大化し、どう言う形で収束して行くのかが今から楽しみです。個人的にも、「BL界のソープオペラ枠」では一番好きなシリーズですしね。
【後日追記】
「狂おしき〜」を読んだ後、CDのスケベ父さんを聴き返しました。貴将・暁成、そして露草の禍々しい三名が清澗寺を作り出した訳ですが、呪われた血が続くのは千年。純粋な清澗寺の血を引く人間は、スケベ父さん冬貴が最後(最期)なのですよね。伏見が意図的に新しい血を混ぜさせて生まれた子供達は、純粋な清澗寺の血とは「似て非なるもの」、新しい清澗寺の血を持つ訳ですが、男子が全員同性愛に転んでしまったので、やっぱり清澗寺は滅んでしまうのでしょうね。鞠ちゃんは冬貴の子ではないので、完全に清澗寺の血からは離れてしまいますし。冬貴が外で作った子供達の存在にしても、同族間で作った子供の存在でもなければ、純粋な清澗寺の血は途絶える訳で。余程の例外でも発生しなければ、完全に滅んでしまう一族の物語と言う辺り、そこを考えると物凄い話だわと、改めて考えました。
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