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プラスチックとふたつのキス 魚住くんシリーズ〈2〉 ・
メッセージ 魚住くんシリーズ〈3〉・
過敏症 魚住くんシリーズ〈4〉 ・
リムレスの空 魚住くんシリーズ〈5〉【あらすじ】
学生時代からの友人・魚住に勝手に居候を始められた会社員・久留米。心因性の味覚障害に陥ったり拒食症で倒れたりするなど問題多発で、顔はイイが不運三昧の男・魚住の世話を不満タラタラで仕方なく焼くうち、無自覚で芽生え始めた感情があった…。鈍すぎる男達・魚住と久留米の人気シリーズ。
日本最大級ネット書店のイーブックオフ
【感想】
オンライン書店ビーケーワン
新年一発目の感想は、こちらから参りたいと思います。久々に読み返したのですが、やはりこの作品は、自分の中でも特別な位置にあります。いつまで経っても手放す事が出来ない。そんな貴重な作品です。
榎田作品で生活能力の低い受と言えばルコちゃんがいますが、今作に登場する魚住くんもそのタイプ。順番で言えば魚住くんの方が登場が早い訳ですが、幼少期は薄幸だったルコちゃん以上に薄幸です。周囲が引きずり込まれてしまう程の不幸の巡り合わせに生きる人物。
孤児であり、養子先も何度も変わり、漸く本当の肉親のように暖かく迎え入れてくれた家族も、魚住と犬を残して一度に失ってしまった。残された犬もまた、魚住を残して先に死んでしまった。最後に関わりを持つ義理の祖父母の援助を受け、学生として研究を続けるものの、生活能力は低い。子供のような魚住の周囲には個性的な面々が揃う。ぶっきらぼうで無頓着、そして丼感情的に生きる久留米に、豪快さと繊細さが同居している姉御肌のマリ。久留米のアパート隣室に住む留学生のサリームに、何かと魚住の世話を焼いてしまう研究者で助教授(作品出版の際はまだこの呼び名だったよ)の濱田。他にも個性的な面々が登場しています。
生活能力が低い上に心身症を持つ魚住に対し、(殆どは不本意ながら)世話を焼きつつ惹かれて行くのが久留米。世話を焼かれている内に、久留米に惹かれて行く魚住。話のメインは、元々がノーマルな魚住と久留米の焦れったいし危ういのに何故か心地が良い、亀の歩み的恋愛発展と経過。そこに重く圧し掛かって絡んでいるのは、魚住の心身症と不運で悲運過ぎる過去。
兎に角魚住の過去は重い。何かの拍子に紐解かれる程に、その重さの度合いは深まるばかり。正し、「可哀相な人だから救ってあげよう」と考える人物は皆無。マリ、久留米を中心に、無責任に正義感を示す人物は登場しません。その理由は夫々に、人を救う事は簡単では無い事を自覚しているから。可能な範囲で支える事は出来ても、人を救う事って難しい。例え周囲が救ったつもりでいたとしても、救われているはずの本人が、救われたと言う意識を持つ事が出来なければ、それは達成されない。
現実を受け止める、そして受け入れる難しさに対して綺麗事が無いのですよ。個人が個人に出来る事は、支えたり支えられたりする事であって、個人が乗り越えなくてはならないものは、本人だけのものと言う線引きがされている。自分が傷付き過ぎて、傷付いている自分にすら気付く事の出来ない魚住の過去の不幸や不運についても、周囲は必要以上に同情しないし、差別もしない。ただただ、そのままを受け止めるだけ。
とても不安定な魚住を、「こうしろ、ああしろ」と強要する事もせず、魚住自身が足を踏み出す事を、支えたり見守ったりする事が格段に多い。
他力本願と言う言葉はあれども、何処までも他力に縋った所で、それを縋った本人が足を踏み出そうとしなければ何もならない。人間、何かに縋りたい事はありますが、縋った所で縋ったものがどうにかしてくれると言う事はとても少なく、最終的には本人自身の問題である訳ですよ。本人が何かを実現させる為に、どう頑張って行くかって事が重要。それはとても基本的で重要な事なのだけれど、何かに救われたいとだけ考え続けてしまう人ってのは、「縋ったけれども何もならなかったと言う結果」が出た所で全てを諦めてしまって、「自分が変わろうとはしなかった」って事に最後まで気付かない。
「これを買ったのに○○にならなかった」と、買ったものに対してケチをつけつつ自分は何もしない。進展しなくても当然ですよ。ものが自分の人生をどうにかしてくれるなんて、甘っちょろい考え方をしているから、何も近付いて来ない。それが見えなくなってしまっているからどうにもならない。なる訳が無い。願掛けやゲン担ぎってのは、所詮は自分を奮起させる為のきっかけとして捉えた方が効率的。自分を奮起させる為のきっかけに持つのであれば良いのですが、「それ」を持ったから人生がどうにかなると言う考え方は、個人的にも嫌いです。一番嫌いなのは、「これを買ったのに効果が無かったのは、これが効力ゼロだったから」と言う考え方ですね。何かに縋るからと行って、それだけに頼るって自分が何もしないってのはお門違い。自分から進んで変わろうとすれば、例え何かに縋って思い通りにならかったとしても、縋ったものをきっかけに奮起をして自分の意思で行動を起こした。前進をしたと言う、別の宝物が生まれるから無駄にはなりません。
気付けば蛇足の私情が入ってしまいました。すみません!
話を本題に戻しますが、兎に角まあ今作の登場人物達は、何かに縋って助けを求めたり、無責任に他人を救おうとはしません。他人が前向きに生きる為の足がかり的な支えをする事はあっても、個人の問題は個人の問題として割り切っている部分がある。そこがとてもドライに見えるけれど、とても現実的な話なのですよね。人間、何を言った所で自分が一番可愛いですから。
しかし魚住は、大抵の人間が見せる、打算を持った生き方が出来ない。打算を持つ事を知らない。育って来た環境が大きく影響していますが、傷付き過ぎてしまった事で、自分すらも捉える事が出来ていない。これは、久留米達との関わりを深める事で改善されて行きますが、不幸の何重重ねの人生を送っていれば仕方が無い事でもあります。死んで楽になる事すら考えられない程に傷付いてしまっていますからね。傷付いて疲弊している自分に気付かないままで生きている事が殊更に痛い。
とは言え、私生活ではまるで子供のように過ごしているのに、語学に堪能で研究熱心と言う面、達観した面を見せる事がある。本当にバランスの悪い人物でもありますが、そのバランスの悪さに妙な魅力を感じるから不思議。マリは「バカな子供」と表現した事がありましたが、子供のように純粋な部分、純粋過ぎて愚かな部分を持ち合わせていると言う意味合いが強いような気がします。
自分の久留米への想いが恋だと気付きながらそこから一歩を踏み出せない魚住と、魚住をフィジカルな対象として捉える事が出来てしまった自分と葛藤する久留米の想いが噛み合うまでには時間がかかりますが、魚住の成長、魚住と久留米の恋愛をフィーチャーしつつ、周囲に関わる人物達の内面の層が厚い所も、勿論魅力的です。日常生活の些細な事から、人の生死に関わる大きな出来事まで、様々な話題が持ち上がる作品ですが、綺麗事を並べて綺麗に完結させてしまうだけの話よりもリアリティーを感じるフィクションでした。
困ったら黙っていても王子様が助けに来て、解決してくれる。そんなドリームでファンタジックな展開はビタ一文無いのですよね。日常生活の中での登場人物達の微笑ましいジャレ合い等はありますが、個が抱える問題は、個が自らの意思で解決を図らなくてはならないと言う部分が重視されていますし。
だからと言って個人主義が全てと言う話ではなく、他人に支えられる事や、他人と関わる事が自分を奮起させるきっかけになる重要さも描かれています。脇役が主人公として登場するサイドストーリー的な話も幾つか登場しますが、「掴んだきっかけをどう活かすかは自分次第」と言う所は、共通テーマとして存在している。それはもう、とてもシビアでストイックな程に。
最初は自分が掴めずに、他人本位所か自分本位にすらなれないでいた魚住や、夫々に何かを抱えている脇役達が見せる共通のキーワードは、「どんな境遇の中にあれ、最終的な判断をするのは、自分自身」と言う部分。
とは言え、自分本位を優先する為に他人本位の中で耐え、最終的に自分本位になる大きなきっかけを得た、響子のような礼もある。社会で生きる以上は、朱に交わる事で生まれる縁もあると言う、基本的な所だって忘れられてはいません。色々な基本と極論が存在している辺りも面白いですね。
同じ事を繰り返すにしても、「慣例になっているからやろう」と考えるより、「やりたいと思ったからやる」と言う意識を持って行動をする方が、行動が上手く傾いた時の喜びにも繋がるし、同じ一歩を踏み出すにしても、最終的には自己判断で踏み出す一歩の方が前向きです。
人の生死や生まれた命に限りがある事が大きくフィーチャーされていますが、死にに急ぎ易い、下手すりゃ死んだり破滅したりがナンボな、「死ぬ為に生きる。どうに死ぬかが課題」的傾向の強い西条公威先生の一部の作品(これはこれで面白いのですが)とは対照的で、「どうせ最後は死ぬのだし、限りがあるからこそ大切に生きてみよう」と言う前向きさが伺えます。死に向かって生きる事は同じですが、死に到達するまでの方向性が違っていると言うか。
強姦に自殺未遂にPTSD等、多少の破滅的な経過は織り交ぜつつも、悲運の過去も美化しようとする動きも無く、過去は過去としてそのままに受け止め、今を未来に向けて生きようとする自発的な前進も生まれますしね。起こってしまった事実は歪めようが無いけれども、それを受け止められない時には自分を歪めて防衛をする事も、悪い事としては描かれていない所も興味深いですね。「困難が生じても逃げるな」をアピールする作品の方が、どちらかと言えば多いと思うのですが、どうしても自分が壊れてしまいそうならば、逃げる事、目を背ける事も手段の一つ。何かに対する対応策は、それそのものと直接対峙をすると言う事だけではなくて、自分を維持する為には事実を歪めて受け止める事だって、選択肢の一つとして存在しても良い。これはこれで裏返しの前向きな手段の一つ。
生きて行く為、自分を維持して行く為には、傍から見たらそれがどんなに常識では無いとしても、アメーバ的に、その時々で自分を変えてしまう事も手段の一つ。物事ってのは、捉え方次第でどうにでもなるんですよね。起こってしまった何かはどうにもならない事だったとしても、渦中の人間の心の捕らえ方次第では、起ってしまった事を過去にした後の生き方が大きく変わりますし。
結末に関しては、色々な感想が持たれていますが、私はこの結末で良かったと捉える事が出来ました。恋人同士だから、常に一緒に暮らしていなければならないと言う決まりはありませんしね。別々に住んでも寄り添う実感を持って生きている訳ですし、これはこれで二人が自分の居場所を見つけた結果でもあります。魚住の不幸・不運の連鎖は厄介で、周囲の人間は気を付けないと飲み込まれてしまいがち。久留米やマリ、サリーム等、飲み込まれずに済んだ面々も存在はしますが、マリが口にしたように、魚住と久留米の関係は、依存をし合うようになってしまったら破綻(共倒れ)も生まれ易い。
依存をしないままに支え合う事は、恋愛関係としては希薄には見えるかも知れないけれど、魚住と久留米に関して言えば、「「依存の無い関係」であるからこそ、恋愛を成立させる事が出来た」。自分ではそう捉えて納得する事が出来ました。
人の数だけ物事の捉え方があると言う、基本の要素が沢山取り入れられた作品でもありますね。メインカップルと身近な面々達では無く、脇役に関わる端役的な人物達の人生の一片も描かれますから。男に生まれて女装をして生きるダンサーの子に関しては、男と女の狭間の性で生きるヒジュラに触れられていたり、その辺りも興味深いものでした。極端に人道を踏み外してしまうようでも困りますが、居心地の良い自分の居場所を探す事は大変だけれど、その人に合った生き方は、あっても良い。納得の行く、100%満足を得られる生き方を達成する事は難しいだろうけれど、自分が納得がする自分の生き方を探す事も悪い事ではありません。兎に角まあ、脇役達の人生にまで色々な事が起こりますが、人の数だけ起伏があるのも人生なのですよね。当然の事なのだけれど、そうした基本的な結論についてを、改めて考えさせられる作品でもありました。
所詮、生きるって事は、何かに縋ろうが縋るまいが、自分をどうしたいか、自分はどうしなくてはならないかって事を考える事が重要な訳です。何にも縋らない人だって、全力でやっても達成されない事はあるけれども、「達成されなかった」と言う結果を受け止めて、それをバネに前進出来るか否かで、その後の展開を変える事は、「出来るかも知れない」と言う可能性は生まれる訳です。この作品を読んで強く感じる事は、何度も言及していますが、「最終的には自分次第」って事なのですよね。
気付けば新年早々、そちらこちらに脱線して収集がつかない感想を認めてしまった自覚はありますが、読み返す度に新しい発見のある作品は嬉しいです。まだまだ手放せません。
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