【あらすじ】
僕は、ヒムロという男の奴隷になった――意志を待たないという意志を持つ少年ヒカル。やがて彼はどの女よりも美しい乳房とペニスを持った完璧な両性具有者になるが…。選考委員を震撼させた衝撃の文藝賞佳作。
日本最大級ネット書店のイーブックオフ
【感想】
@古本市場
数年に渡って古書界隈を漁り続けても出逢えなった作品ですが、ありがたい事に文庫化されました。漸く手に入り、その感慨も一入です。
容姿に恵まれた19歳の男娼・ヒカルは、金持ちの男女に求められるままに体を売る。体は満たされても心は空虚なままで、常に孤独を感じている。ヒカルは週に2度、全身の体毛を剃り落とし、女のように綺麗な肌を維持する。その際に手伝ってくれるヒロが、唯一とも言える親しい存在だった。
孤独なヒカルが時々思い出すのは、中学校の水泳大会の事。水に飛び込み、自分が水になった気がした。そのまま体が透明になり、水の一部になった気がした。水の中は明るくて静かだった。ゴールに到着した後、もう一度水になろうと水中に潜ったが、体は二度と透き通らなかった。
たった一度の記憶に縋って生きているヒカルは、数え切れない程の男女に体を売りながらも、庇護欲を誘われるような繊細さを感じます。しかし読み進めて行く内に、庇護欲を誘われたり繊細さを感じるだけではなく、ヒカルの孤独や空虚な心が前面に押し出て来る。
ある時ヒカルは、出入りをしているムーラン・ルージュのオーナー・ヒムロに出逢う。ヒムロはシーメール(男性器を温存したまま胸にシリコンを入れ、ホルモン剤を打ち続ける両性具有者)を何人も囲っている。ヒムロは一目見てヒカルを気に入り、一週間の期限付きで奴隷契約を提案する。ヒカルはそれを受け入れた。
しかし、ヒムロとの生活は過酷なものだった。監禁、過酷な調教に始まり、やがては肉体に手を加えられる。どの女よりも美しい乳房を持った、完璧なシーメールにさせられてしまった。
意思を持たないと言う意思を持ち、何ひとつ拒まず、すべてを受け入れて生きるのがヒカルですが、著者のあとがきで触れられているように、自分自身の欲望を失った状態で他者の欲望の対象になりながら生きる事は、自分では何をする気がおきなくても、他者の欲望に応えて生きると言う選択への受動的な依存でしかありません。その上、他者の欲望対象から除外されれば、自分から何かを望まない限り、消極的自殺のような方向性しかなくなってしまう。「自分の意思」が徹底的に働いていないのですよ。
殆どがあとがきからの引用になってしまいましたが、「誰かに望まれる間は存在が可能。では、誰にも望まれなくなってしまったら・・・?」と言う不安が今作の肝。何もしたくない、何をして欲しいとも思わない。けれども誰かに求められる事は、自分の存在価値を見出す事に繋がる。そこで漸く、自分は生きていても良いのだと、ヒカルは無意識的に捉えているのかも知れません。
「性的に消費される体」が両性具有である事も、この作品には重要です。こちらもあとがきからの引用になりますが、作中でヒカルが「欲望の暴力性に対する自己防衛」をする意味で、両性具有の体は必要な要素。犯される存在であると同時に、犯す事が可能な存在と言う事は、「犯されるだけの受身の存在ではない」と言う、一種の心の保険のようなものとなっていますし、性倒錯が高じれば、「まるで自分が自分を犯している自己完結的快感」が得られる。
しかし、体の改造をして両性具有になっても、子宮を持たない以上、新しい命を育む事は出来ない。男女の要素を持ち合わせたと言う意味では完璧とも言えるのでしょうが、「究極体」では無いのですよね。男の体で女性以上の胸を手に入れても、所詮それは紛い物でしかない。「性的に消費される体」が「究極体」でないことは、何かを欠いてしまったままで満たされる事がないヒカルの存在を、心理面からだけではなく、体の面からも表しているような気もします。「常に孤独や空虚しか持ち合わせていない。求める事を知らない」、と言う意味合いで。
他人から求められる事は、ヒカルが生きている自分を実感する要素だと思いますが、所詮は体だけでの繋がりは一時的な満足を得られるだけで、「維持され続ける満足」は手に入らない。
しかしそれは、当然の事なのですよね。誰かに与えられた満足を味わいながらも、自分から求めて満足を手に入れた訳ではありませんから。ヒカルはそこに気付く事が出来ません。「自分から何かを求める事の重要さ」を知らないままで、与えられた一時的な満足を得る事だけを繰り返す。
堂々巡りです。
「誰かが教えてやれば良い」と言う事ではなく、動物だろうが人間だろうが、「自発的に何かを手に入れる満足」は、生き物ならば「本能的に組み込まれているはず」の要素。しかしヒカルは、それが分からないまま。
中学時代のプールで「体が透き通らなかった」事は、ヒカルが「血の通った人間」だと言う事を証明している要素だと思いますが、「もう一度水になろうと水中に潜ったこと」は、ヒカルが無意識に何か(水になりたいと言う目標)を求めた行動。しかし、「求めたけれども手に入らなかった」と言う結末がある。
無意識に何かを求めて手に入らなかったこの時に、更に無意識的な落胆や諦めを知り、何かを求めようとする心が育たなくなってしまったのかも知れません。ぼんやりとは何かを思っても、明確なものを掴む事が出来ないのはヒカルの悲劇。人から求められるから生きているだけのヒカルは、死んだように生きているも同然。
筆者が考える「履き忘れたもう片方の靴」は、「自らの欲望」。自発的な欲望を持たないヒカルは、物語の結末を迎えてさえ、「履き忘れたもう片方の靴」を見つけられないまま。満たされないまま。しかしこれは、当然の結果なんです。(先にも言及しましたが)満たされる為のきっかけとなる、自発的な欲望を持たないんですもの。女性のような胸を供えた両性具有の体にする事にしても、ヒムロの意思を尊重、ではなく、只々受け入れただけ。
「ただ僕の心の中にはいつも、どこかで履き忘れて来た、もう片方の靴があるだけだ」
空虚な心が自分の中に存在をしている事はうっすらと理解しているのに、それを解決する方法を知らない。知らないから解決が出来ないのに、知ろうする心が働かない。根本にあるものは、「求めても良い事が分からない無知が招いた悲劇」なんですよ。
求めても手に入らない場合、何かに対して求める事はしている訳です。「手に入らない」と言う結果を得る事は出来る。求める事を知らない無知、とても不憫で悲劇的な事だと思います。成功はもとより、失敗や挫折を知る事も出来ない。何かを求めてプラスを得られないだけならまだましも、求める事を知らない事は、マイナスすら得られません。
それを考えると怖いですね。
「意志を待たないという意志を持つ」ヒカルは、他者の欲望にコントロールされるしかない人間の無力感で埋め尽くされています。過ぎた無力が意思を持つ事を拒んでしまっているようにも思います。
「何かを求めても良い事」を分からないままで生きるヒカルは、一方的に求められる事で得る一時的な性欲の昇華だけを糧に、今後も生き続けるのでしょうね。それはある意味では、ヒカルが無意識的に求めている生きる為の目的と言えるでしょうけれども、可能ならばいつか、他者の欲望にコントロールをされる事なく、「自発的に求めても良い事」を知って欲しいと願います。
気付けば毎度のように支離滅裂な文章の感想となりましたが、漸く作品を手に取るが出来て満足をしています。如何せん、エグイ描写の濡れ場(ノーマルに3Pにシーメール込みの3Pにスカ○ロを含めた調教に他色々)も挟まれている為、何方にでもお勧め出来る作品ではありませんが、読書中、そして読書後と、色々な事を考えてしまう仕上がりの作品でした。
【追記】
作中のエロが「どの程度エグイか?」と言う質問を頂きましたので、少しですが、追記をさせて頂きますね。
主人公の男娼・ヒカルは、男女に買われ、遂にはシーメールにしか反応を示さないドS変態調教好きの男に買われ、肉体改造(山藍先生の「愛と憎しみの迷宮(旧題「冬の星座」)パターン」)をされてしまってもしれ〜っとしている上に、調教生活の手始めはス○トロからだったりと言う、色々なアレがごった煮。黒人二人を相手にした3Pやら、Over70の高齢女性に買われる展開やらと、ハードBLに読み慣れていても戦きます。
特に、調教展開と黒人交じりの3Pは勿論激しい事になっていますが、70歳過ぎの女性を相手にするシーンも中々にエグイ。女性が女優であり、外見は年齢を感じさせない程に美しいとしても、入れ歯だったり(入れ歯女性は、実は他にも登場していたり)する訳ですよ。目隠しされた状態のヒカルの奉仕も、非常に生々しいものがありますが、70歳を過ぎても性的な欲求を満たそうとする女としての性への執着が、切ない。
欲求を満たそうとする中、とても自嘲的な空気が感じられるのですよ。ヒカルに目隠しをして、老いた自分の姿を男娼に見せまいとする事には、「こんな年齢になってまで、私は何をしているのだろうか?」と言った葛藤の陰も見られる。現場を想像すると生々しいのですが、買い手の女性の複雑な心情まで匂って来るのは凄い。
今作のエロの凄い所は、ヒカルが空虚な心のままで激しい行為を強いられる事が、買い手の人間達への意識を高めてしまう事だと思います。買い手の心情についてを、ついつい考えさせられてしまう。
「僕は人の顔を長く覚えていることはできない。けれど、精液の味は一人一人違っていて、その味だけはいつまでも覚えている」
強烈な一文から紡がれる物語ですが、刺激的な作品をお求めの方には、面白い作品となる気がします。
履き忘れたもう片方の靴(BK1)
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