【あらすじ】
能楽・葛城流の十二代家元の息子瑞生は後継争いの渦中にいた。京都で新作を舞うことが決まった瑞生は、後援者のすすめで鞍馬教の里で”魔王尊を地下王国シャンバラからお迎えするための祭り”に恩寵を授けられる少年の役となる。そのクマラの儀をへて、大祭で新作を奉納舞いすることが、父家元の望みだった。だが、この鞍馬の風に吹かれた時から、瑞生を取り巻く運命は大きなうねりとなって葛城流を揺るがし始める―。
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【感想】
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1992年に太田出版から発刊されたものに加筆修正をしたものが、勁文社版の今作になります。表紙もまた凄い。職場でも堂々と読めてしまった利点はありますが、とても耽美小説だとは思えません。
しかし本編はとても読み応えがあり、大満足の仕上がりでした。
能楽の世界が舞台と言う事もあり、期待通りに家督争いが勃発し、因習や神事を絡めた舞が披露されたりでテンションが上がります。
作品の軸に絡む少年・青年達が「柊星学院(榊原作品で多く登場する)」の生徒、若しくは出身者である事も相変わらずの健在要素で、「この学院に絡む生徒は、ワケアリ者ばかりで大変そうだ」等とも考えてしまいました。伝統芸能を担う家系に生まれた薄幸で華奢な美貌の受を守ろうとする身近な存在が、またもやラガーメン。「人並み以上に頭も切れ、度胸も申し分なく、大企業の御曹司。そして学院内では崇拝に近い憧れを集める人物」と言う設定も、過去の作品に登場したラガーメンと類似。
「柊星学院のラガーメンは全員がヘラクレス仕様、受は全員が薄幸の美姫仕様なのか・・・!」
と、一瞬心で突っ込んだりもしましたが、何だかんだと言いつつも、美しい文章裁きで綴られる榊原作品の世界が大好きなんですよね、私。
伝統芸能に携わる家に生まれながら、薄幸な生い立ちを背負う主人公の魂の救済。その主人公には幼馴染で庇護をしてくれる相手がいる。その反面、主人公の闇の部分を看破し、同じように闇を持った人間が妖しく心を揺さぶりにかかる。
数々の榊原作品で見られる設定・要素は今作でも見られますが、どれだけマンネリズムを感じる作品でも、夫々に持ち味があって圧巻されてしまうのが榊原作品の凄い所。
一定の雛形をベースに置きつつも、新鮮味が感じられる作品展開と文章裁きは本当にお見事。マンネリズムを感じさせられる度に、新しい期待心すら覚えてしまいます。
文章裁きが美しい事もあるでしょうが、同じ要素を持つ作品でありながら、全く同じものにはならないのですよね。
「
青月記」収録の「カインの月」の「カイン(人類で初めて殺人を犯した人物)」を連想させる要素も哀しく、作品に大きな印象を与えている事も興味深い。
その上今作では、宗教・信仰的な部分が大きく絡むので、これまでに読んだ榊原作品の中でも、より趣の違う仕上がりとなっています。
専門的な語彙の多さもあり、辞書を引きつつ読みましたが、そう言う手間すら嬉しい、骨のある作品は大好きです。
さてさて。
能家葛城流の宗家・葛城斎生(ときお)を父に持つ葛城瑞生(みずお)は16歳。時期葛城流の宗家候補でもある。斎生が芸妓に生ませた子供である瑞生が、後継候補に至ったのには複雑な理由が重なった。瑞生には兄・静生が存在していた。斎生の長男であり、本妻の息子でもあった静生は宗家候補として申し分の無い身分だったが、宗家継承を待たずに早逝。その上、静生の長男であり、瑞生よりも年長の劉介(りゅうすけ)も舞を辞めてしまい、母方の実家を継ぐ事になった。劉介の母は大企業の令嬢であったが、企業を受け継いだ兄夫婦に子宝が恵まれ無かった為、親族からの強い要望もあり、劉介は将来、企業を継ぐ事になった。
何より、舞の継承者としては遜色の無い舞手であった劉介本人も、瑞生の舞手としての才能に気付いている。その上、自身が舞芸を継ぐ事よりも、企業人として落ち着く事の方が性分に合っているとも感じている。劉介の母である巴も、その事を感じ取り、複雑な出自を持つ瑞生が葛城流を継ぐ事には賛成の意を示している。
母方の実家・西尾家に身を落ち着かせているとは言え、巴は長男の嫁、劉介は可愛い孫だと認識している斎生の意もあり、巴と劉介が葛城家を訪れる事も少なく無い。
周囲から見守られる形で舞を続ける瑞生だったが、心の中は荒んでいた。瑞生には大きな秘密がある。右目に生まれつきの痣があり、それは目の周りを縁取るようにぐるりと囲む、墨色のアイラインのよう。普段はファンデーションでカバーをしているものの、瑞生にとってのその痣は忌々しいものでしかなかった。
必要以上に過保護であり、瑞生に対して特別な感情を持つ劉介は、痣を含めた瑞生の全てが好きだと言う。早くに母を無くし、その貌すらも覚えていない瑞生にとって、自分を抱きしめてくれる腕のぬくもりは強烈な誘惑だったが、劉介の思いに気付かない振りをし、頑なに彼の手から逃れ続ける。痣のせいで自分を愛する事が出来ない、瑞生の悲哀の結果でもある。
容姿、出自、全てに恵まれた劉介のように何事にも臨機応変に行動が出来ないと感じている瑞生だったが、能楽師として生きて行く事には前向きになる事が出来た。自らの舞の才能には殆んど無関心と言っても良かったが、舞で着ける面に、己の生きる道を見出したからだ。
「自分の背負って来た痣は、面をつけて舞台に立つことを使命とする能楽師への、道標であったのかも知れない―」
願いにも似た希望で自らを支え、次第に能楽そのものにも愛着を覚えるようになった瑞生は、能の世界を、「自分が存在して良い世界」だと思えるようにもなった。
そして今、某かの不穏を直感的に感じ取った斎生から、新しい舞を伝えられようとしている。劉介の母・巴が感じていた葛城流内に起こる不穏な動きの中で。
斎生が新作を作るのには、葛城流の後援会長の息子で医師・佐伯光顕(瑞生と身体の関係を持つ。瑞生の美貌と痣に対し、偏執的な欲望を見せる怪しげな人物。瑞生との間には、闇を共有する複雑な心の関係も持つ)経由で、京都は鞍馬の深山にある、六道時と言う、古い神仏混淆の寺を代々預かる加賀美一族との出逢いがあり、奉納舞を依頼された事に始まります。
しかし、新作能を披露するのが、葛城家とは因縁のある土地。順調に行けば後継は瑞生で決まる予定が、流派内での謀反が起こり、瑞生と対等する人物・晶が浮上してしまう。只でさえ複雑な出自の瑞生の出自が更に複雑な展開を見せる中、葛城一族から離れていたはずの晶が後継争いに捻じ込まれる事で、周辺の複雑化は進むばかり。
京都は鞍馬の里にある、鞍馬教と、その土地に住む人々の因習。そして、対立候補であるはずの晶との絆を深め合う神秘(それこそ、お互いを映し合う鏡的でありながら、一心同体ともとれる、魂の双子のように惹かれ合う)。生まれ付いた痣と、望まずに置かれてしまった後継争いの渦中にある瑞生の葛藤と苦悩の切なさ。
本当に沢山の事柄が詰め込まれているのですが、宗教・信仰的な要素をどっぷりと絡めつつも、瑞生のカタルシスは、今までの榊原作品の主人公達とは違ったものに変わって行きます。
結果的には悲劇とも取れる最後が待ち受けていますが、「最期」を迎えるまでの瑞生の成長の目覚しさが、苦悩と葛藤が多いにも関わらず、読んでいて心地の良いものに変わってゆきます。。瑞生から後継の座を奪うように押し出されてしまった晶との、秘密のやり取りからも見られるんですが、沢山辛く哀しい想いをして来た人間として、他人を思いやれる人物に成長。
前半では鬱屈していたはずなのに、沢山の苦難を乗り越える中で、研ぎ澄まされて行く様子が印象的で、心にずっしりと響きます。
辛い出自を背負い、幼い頃から沢山の苦痛、侮蔑を受けて生きて来ただけに、瑞生が迎える最期は哀しいし、悔しさも覚えます。
しかし、誰かを救う為、そして自分を救う為にその手段を選んだ。
その辺りには、上手くは表現出来ませんが「突き抜けたもの」があって何とも言えません。
絶望を共有する男との妖しい依存関係、あまりにも眩し過ぎて気遅れをしてしまい、その存在の眩しさに自分の闇を自覚させられてしまう悲哀。沢山の、「自分の意志ではどうにも出来ないもの」が存在する中で、もがき、苦しむ様子は痛々しいのですが、沢山の苦悩や葛藤を乗り越えた瑞生は、いつしか自分が他人によって救済され、そして自分も誰かを救済出来る事に気付きます。
宗教、信仰的な文面も多く登場しますが、押し付け的に書かれてはおらず、「尊重の自由」が大前提とされている。「信じるも信じないも人夫々」的に書かれている事も、妙な圧迫感を感じる仕上がりで無かった事も良かった。
私自身は何かの信仰に傾倒をする事には関わりがありませんが、ささやかな言葉一つ、文面ひとつでも、大きく自分を支えられる人はいるのだな、と改めて考えさせられました。
宗教・信仰には拘りがありませんが、自分を支えられる程の大切な一言は、無いよりもあった方が生き易くなるのかも知れません。
「誰かを救う為に生まれた菩薩」にしても、初めは半信半疑で読み進めていた部分はありますが、「そう言うものが心あっても良いのだろうな」と思えました。
自分が生まれてしまった事を罪だと感じていた瑞生が、同じ血統にありながら、自分には全く無い「完全な美貌」を備え持った晶に感じた、過去以上の絶望と敗北感は、読んでいるこちらの方が哀しくなる程のものでしたが、大祭の一つで「生き神」の役を背負わされた晶からは、絶望や敗北感だけではないものを感じられるようになる。そこからが、沢山寄り道をして、惑って、苦悩と葛藤を繰り返しますが、晶と言う存在を身近に感じる事で、それまでの瑞生には無かったものが溢れ出すんですね。
以前の瑞生には、いつでも自分の命を投げ出してしまいそうな危うさや脆さがあったのに、後半では自分を育んでくれた人々、自分に関わりを持つ人々に対し、それまでに注がれた情を自分からも返す心が生まれる。鬱屈した人間が更生をした等と言う単純なものではない、大きな成長が見られるようになるんです。
その様子がとても繊細。
大切なものを守る為に自分の命を捧げた瑞生でしたが、自分を、そして他人の全て受け入れて、暖かい心で散って行く。その様子は、これまでに読んだ榊原作品の多くのように、「魂の救済」が根本部分にある事は変わりませんが、救済の手段がより、前向きなものに変わっているのが興味深い作品でした。
長文を書き散らかしているのにも関わらず、持ち合わせている語彙の少なさ、表現力の乏しさから言いたい事の半分も表現出来てはいないのですが、展開の哀しい、切ない部分だけではなくて、瑞生の心が繊細に、恐る恐る大きく変化して行く様子にまで泣かされてしまいました。
ある意味では、悟りの境地に達する瑞生の繊細な心が、哀しくて痛くて、綺麗で暖かいものになるのですよね。矛盾が並列する感想だとは百も承知ですが、本当に何とも言えない気持ちにさせられます。
「手にしてこそ解る」と言うものだと思うので、作品の臨場感を上手くお伝えする事が出来ない事は心苦しくも歯痒いのですが、タイトル通りに繊細な風花が舞い、「心が震える」作品でした。
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